頭の中のふきだまり

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Apex シーズン13感想

Apex シーズン13感想

シーズン14が始まったapex。シーズン13の感想を残しておきます。私はシーズン12の途中から始めた人間で、シーズン12はブロンズでキルレートは0.1以下でした。

そんな私ですが、一応キルレート0.5くらいまではいって、シーズン13はルーキーの最下層スタートで一応ブロンズまで行きました。シーズン13のランクは最初はルーキーでもゴールドとかとあたるみたいな話を聞いていたので、ビビってランクはずーっとやらずに、アリーナとカジュアルを基本回してました。ランクは最後の3日くらい少しやった感じですね。ルーキーは参加費用がないのでやってればブロンズ行きますが、生存を意識してればより盛りやすかったと思います。ランクは生存意識してあまり戦わないので、対面の練習にはならないですね。撃ち合い強くなりたかったので、apexやる日は基礎練習とアリーナをやって時間があればカジュアルやるみたいな感じで遊んでました。1ヶ月くらいできない期間とかもあったりしたのですが、それなりに上達を感じてapexが楽しくなってきましたね。

使ってた武器はスピファとフラットラインでした。フラットラインは練習場で腰だめ射撃練習と中距離のエイム練習を繰り返した結果それなりに使えるようになった気がします。使ってるのは基本アサルトライフルですが、フラットラインとスピファ以外はあんまり使えないです。ショットガンやスナイパーライフルはほぼ使ったことないです。とりあえず持ち武器を極めたいかなと思ってますね。

シーズン14はボルトが帰ってきたりEVAが強くなってたり、環境がかなり変わっていて、少し触った感じ面白そうですが、プライベートが忙しいのでできなそうです。いつかまたぼちぼちできたらなと思います。

夏に見たい映画・ドラマ・アニメ・バラエティ

夏に見たい映画・ドラマ・アニメ・バラエティというお題が来ていたので書いてみます。夏に見たいというテーマがなかなかむずいなと思います。夏がイメージされるような作品でぱっと思いついたのはサマーウォーズですかね。ですが、今回のお題ではあの花について書いてみます。

あの花は、あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。というタイトルのアニメです。監督が長井龍雪さん、脚本が岡田麿里さん、キャラデザが田中将賀さんと、かなりビックネームが并びます。岡田麿里さんは、自分がPAworksで好きな作品である、true tears凪のあすから花咲くいろはなどの脚本を担当していて、繊細な感情描写やシリアスだけど感動できる脚本に定評のある方だと思います。田中将賀さんは、君の名は。や天気の子でもキャラデザやってますね。

そんなあの花ですが、エンディングテーマのsecret base のイメージがかなり強くて夏っぽさを感じますね。secret base直撃世代なので、めちゃくちゃ懐かしかったですし、曲が内容にあってて、エモエモでした。この曲のかかるタイミングとかも話によってはすごい良くて、この曲でかなり評価を上げたと思います。

ストーリーは、亡くなったはずの少女めんまと再会することで、落ちこぼれたじんたんが成長したり、かつての仲間との絆が蘇ったりする話でした。作中の季節も夏っぽくて、終盤の花火のシーンとかは印象的でしたね。シナリオが岡田麿里さんらしさがあるというか、キャラクター達の痛みが凄いよく伝わるような脚本になっていて心に響く作品でした。

ヨチヨチ父 感想

育児本をしらべてて、ヨチヨチ父という本を読んだので、感想を簡潔に書きます。

この本は4コマ漫画です。大体見開きで4コマあって、父親目線での子育てのあるあるだったり、筆者が感じた大事なことが書いてあります。漫画なのでまじで一瞬で読めます。図書館で借りた本の中で最速で読み終わった自信がありますね。

父親は妊娠期間があって心の準備ができやすい母親と違って、父親としての心の準備ができづらく、父親としてヨチヨチ歩きで始まっちゃうよねっていう内容のあるあるが続くような感じです。母親目線で読むとすこしムカつくかもしれないですね。その中でも大事にしたほうがいいなと感じたことを記しておきます。

一つは、何より大事なことという見出しの話です。内容としては、睡眠がとれないと人格崩壊させ余裕がなくなり、パパママお互いにイライラしたりして良くない、あらゆることを犠牲にしてでも睡眠時間は確保するべきという内容でした。これはどの本でも書いてありますが、睡眠時間が削れることはシンプルに人の心と身体にダメージを与えます。赤ちゃんのお世話が落ち着いたタイミングで睡眠に余裕がなければ積極的に睡眠をとる必要があるなと感じます。

2つ目はパパの役目というところです。内容としては、どんなにつらくてもママの方が大変である、手段はどうであれママを笑わせることがパパの役目の全てと言っても過言ではないということでした。他の本でも書いてありましたが、パパの最大の役目はママのケアだと思います。ママが体力的にしんどそうなら、ママが休めるように動く、精神的にしんどそうなら受け止めてあげることが必要だと思います。子育てはパパママ両方に等しく責任があるとは思いますが、母乳育児の場合どうしてもママに負担が偏ります。ママの負担を軽くするにはどうしたらいいか、どうしてほしいかわからなかったら積極的に聞いて、最終的には言われなくてもやってほしいことができるようになれたらと思います。

 

 

 

 

今週のお題 人生最大のピンチ

今週のお題 人生最大のピンチ

人生最大のピンチというお題ですが、真面目に書くとシリアスになるので、お題の定義という部分についてまずは書いていこうと思います。

このお題を考える上でピンチとは何かという話ですよね。ピンチとはなにか考えてみたのですが、肉体的、精神的、社会的にダメージを負いそうになっている状況のことだと思いました。ポイントはダメージを負いそうな状況のことを指すという部分ですよね。ダメージを負っちゃってる状況はもうピンチではないですよね。

肉体的ピンチは、例えば、上から鉄骨が降ってきてる状況とか、地震が起きて瓦礫に埋もれてしまった状況とか、海で泳いでて足を攣った状況とか、まあ色々ありそうですね。

精神的ピンチは、怒られそうな状況とかでしょうか。例えば、奥さんがめちゃくちゃ不機嫌とかだいぶピンチですね。人間関係に関するピンチはここに該当しそうです。

社会的ピンチは、会社をクビになりそうな状態とか、痴漢冤罪の容疑がかかってる状態でしょうか。精神的ピンチにも近い気がします。

ここまで書いて、人生最大のピンチというお題は、ダメージを負いそうだったけど結局大丈夫だったという内容になりそうです。

そういう視点ですと、ダメージ負いそうで結局めちゃくちゃダメージ負ったという経験はたくさんあるのですが、結局大丈夫だったパターンはそんなにないかなと思います。

ピンチだったけど、大丈夫だったという経験を振り返ると、昔、イギリスに行ったときに入国手続きで止められたときが結構ピンチだったなと思います。

詳しい年齢は書きませんが、未成年のときに、一人でイギリスにホームステイすることがあって、その時空港の入国手続きでかなり止められた記憶があります。相手が何言ってるかわからないし、どうしたらいいか途方にくれてまして、精神的にピンチになってました。

結局、同じ飛行機にたまたま、知り合いが乗っていて知り合いの知り合いが助けてくれてことなきを得たのですが、だいぶピンチだったなと思います。

どうやら未成年で子供だったので、こんな子供一人で入国させられないみたいなことを言われてたみたいですね。詳しいルールは知らないんですけど、あのときのホームステイは入国の件だけでなくピンチの連続でしんどかったな思い出です。楽しいよりしんどいのほうが多い思い出でしたね。

 

気候変動の真実について

初めに書いておきますが、私は地球温暖化懐疑派ではありません。ご了承下さい。

 

気候変動の真実 科学は何を語り、何を語っていないのか、という本が最近出たらしく、まだ読めてはいないのですが、ざっくり内容を見たところだいぶ驚きました。この本は英語の本を邦訳した本なわけですが、原題はsettledというタイトルです。意味は未解決。つまり、地球温暖化についての科学的な見解は未解決、決まっていないよという内容です。これだけ読むとまた、地球温暖化懐疑派の陰謀論の本かよって思いますが、この著者はアメリカのエネルギー省の科学担当次官を務めた超一流の科学者です。そんな人が書いてる話なので個人的には無視できないなと思います。

そもそも地球温暖化に関する今の定説を整理すると、

人間が化石燃料を使いまくったせいで地球の二酸化炭素濃度が上昇した

二酸化炭素には温室効果があり地球の気温が上昇している

→地球の気温上昇が、干ばつや台風などの気候変動を起こしている

という話だと思います。

この通説は、国連により作られた組織で全世界の優秀な科学者が集まるIPCCにより、確認され支持されている説であります。個人的には、世界の優秀な科学者が集まっている訳だし、国連の組織だからそこまで政治的な判断もしないんじゃないかと思って、IPCCの見解については結構信頼してました。

この本は、これまでの通説について、まだそうと決まったわけじゃないよ、というかそうじゃない可能性も割とあるよと言っている内容なのかなと、思います。アマゾンレビューを見る限り、著者の主張は、二酸化炭素という要素だけで地球温暖化という現象を説明しきれないんしゃないかということと、気候変動を予測するモデルは完璧じゃないということみたいです。

本を読んだわけじゃないので、詳しい理論的なことはわからないのですが、気候変動という極めて複雑な現象が温室効果ガスだけで説明できるとはたしかに思えない気がします。もっと様々な要因があると思いますし、温室効果ガスさえ抑えればいいわけじゃないんじゃないかと思うわけですね。ものすごい労力をかけて、仮に二酸化炭素排出量を世界でゼロにしたからといって、気候変動が本当に全く無くなるとは断言できないんじゃないかなも思ってしまいます。結局、排出量削減によるダメージの方が大きくなることも予測されると思います。

個人的には、気候変動に対して対策しようといつ考えって、地球の環境をコントロールしようって言ってるようなものだと思ってて、それは割と無理があることというか、手を出さないほうがいいことなんじゃないかと思います。要するに、地震を起きなくさせるとか、火山の噴火を起きなくさせるみたいなことと同じジャンルになるのではということですね。もちろん人間の活動により地球温暖化が起きている可能性も十分にあるわけですが、結局地球温暖化を阻止しようという試みは、人間活動の影響の修正だけでなく、地球自体のコントロールという話も含まれてしまうということです。

個人的には、地球環境をコントロールするという考えより、地球環境の変化に適応していくという考えの方が、どんな変化にも適応できるので、サステナブル、持続可能なんじゃないかなと思います。今のカーボンニュートラルは意味ないから辞めろというつもりではなく、やっても効果ない可能性もあるよというわけで、サステナブルを目指すあまりに、サステナブルじゃない手段も使ってたら意味ないよなって思います。なにごともバランスが大事だと思ってるので、変化の抑制と同じくらい変化への適応を掲げてもいいんじゃないかと思います。

 

 

 

 

今週のお題 洗濯について

今週のお題「最近洗ったもの」

 

最近洗ったものは取り立てて特別なものを洗っていないのですが、洗濯というテーマに拡大して書いてみます。うちは基本的には晴れてれば外干ししてます。そして外干しするときは風が強かったりするので、物干し竿とハンガーを、物干し竿に吊るせるタイプの洗濯バサミで繋いでおきます。そうしておかないと、かなりの確率で洗濯物が吹っ飛んでいきます。なんですが、この間、洗濯バサミで洗濯物と物干し竿を繋いでいたのにも関わらず、洗濯物が、地面に落ちてしまっていました。

なんでやと思ったら、千切れた洗濯バサミも地面に転がっていました。めちゃくちゃびっくりしました。風の力だけで、ちぎれるものなんだと驚きました。それだけ風が強いということなんでしょうけど、これってもう安心して外干しできる日って晴れてる無風の日ってなるんでしょうか?風の強さはある程度は天気予報でわかりますが、それでも突発的に強風が吹くことはあるでしょうし、洗濯バサミで固定してもだめなときがあるってもうどう対策したらええんやってなりました。調べたらいろんな対策グッズはあるみたいですが、それらを試していくのも面倒だなと思いますし、やっぱりドラム式洗濯機が最強なのかなと思いますね。干す手間もなくなりますし、やはり買い換えたいなと思ってます。

私のやりたいこと

私は将来の夢とか明確にないまま30代になった人間です。なんとなく勉強はできたので大学に行き、知ってる人のいる研究室に入り、知ってる人がいる会社に入社した人間です。こうして見返すと人との繋がりを案外大事にしている人間でもありました。そのかわり、夢ややりたいことがない人間だったわけですね。

ただ、何も考えていなかった訳ではなく、昔から俺は何がしたいんだろうと、悩んで生きてきたわけです。

ただ、最近なんとなく漠然とこんな方向性のことがやりたいのかなと思ったので、とりあえずしっくりこない部分もありつつも言語化してみようと思い、筆を執った次第です。

・死に対する恐怖

私について振り返ったときに、死ぬことが兎に角怖いって昔から今でも思ってるなと思います。おそらく幼稚園くらいのときに親に死んだらどうなるかと泣きながら聞いてたことがありました。親は図書館から本を借りてきて、死んだら地獄にいって地獄にはいろんな地獄があるんだよと仏教的な概念を教わった記憶があります。その本にはいろんな地獄の絵が書いてあったのを覚えていて、それが最古の記憶かもしれません。とにかく、それほどまでに私は物心がついたときから、死を恐れていたという記憶があります。そしてそれは今でもそうで、死んだらどうなるんだろう、この意識はどうなってしまうんだろうと考えるとめちゃくちゃ怖くなります。

 

・満足して死にたい

この死に対する恐怖とどう向き合って行くかと考えた時に、この人生で死に対する恐怖を超越したいとかではなく、死ぬときに満足して死にたいなと今思ってます。人生に悔いだらけでまだ死にたくないと叫びながら、死を恐れながら死ぬのは避けたいなと思うわけです。これまでの人生に満足している、だから死ぬのは怖いけど受け入れようと思いながら死にたいと思ってます。これはチ。を読んで思ったことでもあるのですが、後悔のある顔で死にたくないわけで、やりきった顔で死にたいと思うわけです。

 

・この世になにか残したい

じゃあらどうしたら後悔がなくなるか、満足できるかって考えたときに、この世になにか残したいと思いました。なにかというのは自分の生きた証ですよね。この世になにか残したいと言う気持ちは昔からあったわけですが、それを自分の人生に絡んだ納得行く形に落とし込むことができて、少しスッキリした気持ちでいます。今でも結構好きな作品でバビロンという作品があるのですが、そこで善悪の定義について、続くことは善、終わることが悪だと言っています。ここだけ切り取ると納得感ないかもですが、私も自分という存在の欠片でもいいからこの世に続いていくことにある種の善を感じているのだと思います。

じゃあ、具体的には何を残したいのか、一つは子供です。子供に対して自分の思想を植え付けたいみたいなことは微塵も思っていないですが、自分の子供が自分の教育の果てに結果として、自分の考えとかをある程度影響をうけて、後世に続いていったら嬉しいなと思います。逆に全く違う考えの子供になっても面白いですし、自分という存在があったからこそ生まれた子供が自分の死後も生きていくことで、自分の存在が欠片でも続いていくと嬉しいです。

もう一つは仕事上の話になるのですが、なにか世の中に形になるものだったりサービスだったりを生み出したいと思います。それは自分が関わることでもの、ことが生まれ世の中に残っていったら嬉しいという気持ちです。ただ自分が新しい事業を立ち上げて世の中に絶対爪痕残してやるという気持ちでなく、何らかの形でものづくりやことづくりに関わり、その結果生み出されたものが世の中に残っていったらいいなと思います。

子供と仕事という要素について書きましたが、もう一つ趣味の部分でもなにか残したいと思います。子供と仕事だけでは自分自身がないなと思うので、まだ先の話ですが、定年後を見据えて、趣味の部分で何を残したいのか考えていきたいと思います。まずはこのブログは趣味としてやっているところで、この世に残っていくものなので、今後も長期的に休むことはあれど、続けていきたいと思ってます。その他に趣味として、なにか残せるものがあるかわかりませんが、音楽とゲームは続けたいですね。また、プログラミングも趣味にできたらいいなと思っている最近です。そんな趣味を通してなんかしら世の中にものを残せたらとも思ってます。

 

正直、読み返すと大したことを書いてないという気がしますが、形にすることができて良かったと思ってます。これからも自分自身と向き合いながら、やりたいことを考えて、実現のために必要な努力をしていきたいなと思います。