頭の中のふきだまり

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スロウハイツの神様 感想

 

辻村深月さんのスロウハイツの神様を読みました。辻村作品の中でも評価が高いので期待してましたが、期待通りの良さでした。辻村さんの作品の中で一番好きなのはかがみの孤城ですが、それに匹敵するくらい好きです。最終章の伏線回収が見事で彼の想いに胸が熱くなります。明確な主人公がない群像劇のような形なので主要キャラ毎に感想を書きます。以下ネタバレありです。

 

 

 

・狩野

狩野目線で最初は物語が始まり、狩野目線の語りが多いので、主人公っぽい立ち位置です。ごく普通な人間に擬態していますが、実際はチヨダコーキより売れているダークウェルの作者でした。酷いイジメを受けていた過去があり、その闇から由来した才能によりダークウェルが産み出されたようです。ただ、つらい過去があったからこそ、本人は闇のない優しい世界を描きたいと思っており、そこが漫画家としての欠点になっているようですね。ただ、優しい世界を描く路線で環を泣かせるほどの作品を書いてはいるので、ダークウェルの作者でもありますし才能はある人なんだろうなと思います。優しい人柄ですが、スーを甘やかしすぎてるところはどうかなと思ったりします。

 

・正義

この作品で一番いいやつな気がします。みんなどこか陰をもっていますが、正義にはそれがほぼなく、気風の良さを感じます。スーに振られることになりますが、その時の対応だったり、そこから作品へと昇華できる人間力だったり、人としていいやつだなって感想です。一つケチをつけるとしたら、感情を作品に込めないというポリシーがただ恥ずかしいからという理由があんまり納得できなかったですかね。音楽含めて芸術というものは、表現の一種であり、言葉にできない感情を表現するものが芸術だと個人的には思います。

 

・スー

下巻でだいぶ評価を下げましたね。最初は優しくていい人ってイメージでしたけど、正義を振ってからも、正義に展示を手伝ってもらったりとか、五十嵐くんに固執して絵を書くことを捨てようとすることとか、だいぶイメージ悪かったです。他の人達は漫画や映画で売れてやるという情熱が描かれていましたが、スーについては絵を描く事に対して情熱が感じられず、正直一番やる気なさそうに感じてしまいました。環がスーを思って作った作品を見るまで、正気に戻れなかったので、ちょっとなあと思ってしまいます。辻村作品にはこんな感じの心の弱い女性派よく出てくるなと思います。冷たい校舎の時は止まるの辻村深月も路線は違うけど心の弱い女性でした。作者の辻村深月さんも、スーのような一面があるのかなと思ってしまいますね。

 

・エンヤ

環の親友だったけど、環の才能に嫉妬し一緒にいれなくなった人。表面では環を称賛しながら、裏では悔しさでいっぱいになってしまい限界になってしまった感じですね。漫画を書いていることを隠さずにもっとまっすぐに生きれたら違う結末だったのかもしれないですね。

 

・黒木

ここらへんから本編の重要ネタバレに触れていきます。莉々亜にまつわる鼓動チカラのプロモーションと、鼓動チカラを利用してチヨダコーキを更に売るというやり方はえげつないですよね。コーキが本気で莉々亜に恋をするとは思ってなかったでしょうが、やり方が酷いなと感じてしまいました。プロモーションが第一というスタンスは逆に言うと分かりやすくて、軸がぶれないキャラでしたね。

 

・莉々亜

ただ一人この作品で明確に悪者として描かれたキャラですね。正体はチヨダコーキをパクる鼓動チカラでした。チヨダコーキをパクるだけでなく、性的描写を露骨にすることで炎上商法的に売り出しました。また、莉々亜は、コーキに取り入ることで、レディマディの展開の書いてあるノートを盗み見て、レディマディの展開を先取りするということまでして話題性を作りました。

ただ、この全てが黒木の描いた絵図であったわけで、莉々亜自体には中身のないキャラだったと思います。莉々亜は虚言癖のある人間で、何か事件があると、関係者が身内にいるとでっちあげて関わろうとするタイプの人間でした。集団殺し合い事件の被害者が好きな人だったためコーキに復讐するために鼓動チカラをやったと言っていますが、恐らくそれも嘘であり、哀れな人だなという印象になりましたね。コーキが好きなのは私だと何度も環に言いますが、コーキの天使ちゃんは環であり、そしてそれをコーキも知っていることも踏まえると、まさに道化でしかなかったなと思います。最後まで読むとコーキが莉々亜に惹かれるわけないことは自明ですしね。環の母親と同じタイプの、嘘により自分は特別なのだと周囲にアピールしてしまう、うそにより世界に縋ろうとする姿勢が環にモロバレで痛々しかったですね。

 

・環

本作は長い話ですが、結局は環とコーキの話になります。最終章で判明することですが、環がコーキの天使ちゃんでした。環はチヨダブランドにより生きることを支えられた人間であり、コーキに憧れて、コーキのように人の心を動かす作品を作りたいと思っているのだと思います。

個人的には、好きな作品があるから生きられるというところははすごく共感できます。fateの映画三部作が制作されると聞いたときは、最後まで見るまでは死ねないなと思いましたし、ある作品がすごく楽しみで、生きる拠り所、それを楽しみにして生きるみたいなことって私だけじゃないと思いますね。

環の話に戻ると、スロウハイツでコーキと生活しているときもコーキのためを思っていて、スロウハイツのスロウはコーキの地元の方言が由来になっていますし、鼓動チカラ騒動に対しては一人で鼓動チカラの原稿を作りあげようとしていました。これらはコーキへの紛れもない愛だなと思います。また、環というキャラクターは信念がある人、強い意志のある人というイメージが強いですが、実は泣き虫という一面もあってそのギャップもいいですよね。

 

・チヨダコーキ

最終章でコーキの目線で環への想いがつらつらと語られますが、ここがこの作品の最大の盛り上がりポイントだったと思います。コーキは環がコーキの天使ちゃんであることを突き止めており、高校生時代の環をひっそりと見守っていました。ぶっちゃけストーカーなのですが、圧倒的な愛にしびれました。環の通う図書館に本を寄贈したり、環と妹のあつまる所にテレビを置いたり、ひっそりとケーキをプレゼントしたり、スロウハイツの神様であるコーキが実はここまで環を想っていたというのが良かったですよね。

そして、コーキが筆を執る意味について、それは小説家として誇りを持てたからなんだと思います。環がこれだけ自分の作品を愛していることをこっそり陰で聞くことによって、自分の仕事に誇りが持てて、仕事を再開できたのだと思います。レディマディの指輪は環をモチーフにしているところとか、環への想いがあふれる作品なんだなと思いますね。

あと、良かった思ったのはラストのおしゃれさです。最終章のコーキの独白を読んでると、これを環にも知ってほしいという気持ちにみんななると思います。最終章は独白だけで終わっていて、二人の関係どうなるの?とヤキモキしながらエピローグを読むわけですが、最後のコーキのお久しぶりですに対する環の反応から、二人の関係が進展していることが分かる終わり方でした。コーキのお久しぶりという台詞は環を見守ってましたよという意味があり、ある意味愛しているとも訳せると思います。はっきりとは書かずに環とコーキのやり取りだけでここまで描写するところがおしゃれだなーと思いますね。

 

途中まではそんなに劇的に面白いわけじゃないのですが、最後の2章ですべての伏線を回収し、暖かく終わりを迎える、辻村さんらしい素晴らしい作品でした。