頭の中のふきだまり

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バビロン最終話 感想

終わってからめっちゃ経ちますがバビロンの感想を書きたいと思います。善悪とは何かについて、真正面から描いた本作は、特に演出の面で優れていました。ゾワつかせるような演出が見事で、すべての面でレベルの高い作品でした。ただし、終わり方の面では賛否というか否しかない感じでしたね。以下ネタバレありです。

 

善悪とは

終わり方が酷すぎたので、そこに焦点が当たりがちですが、このアニメの終わり方について考えるためには、まずこの作品のテーマである、善悪について書いておかないといけないのでそちらにまず触れときます。

自殺は善か悪かということを切り口に、G7会議にて、そもそも善悪とは何かがまず模索されました。前の記事でも書きましたが、この作品のテーマは自殺どうこうではなく、善悪とは何か、ですよね。

会議ではトロッコ問題や臓器くじに触れられていて、善悪について次々に議論が進んでく様が面白かったです。

ロッコ問題においては、多くの人を助けるためには少ない人を犠牲にすることが正しく感じてしまいますが、臓器くじでの、ランダムで誰かを殺してその人の臓器により多くの人を助けるという発想には、抵抗感を感じます。どちらも多くの人を助けるために少ない人を犠牲にすることは同じですが、人の感じ方は変わっていて、状況により善悪が変わるということを言ってましたね。こういう思考実験系の話はfateでもありましたけど結構好きですね。

結局会議では答えが出ず、その後大統領と正崎がたどり着いた答えは、善とは続くことで、悪とは終わることでした。

ぶっちゃけ、殺しが悪だとか人の命を助けることが善だとかっていうパターンにはハマると思いますが、その定義で本当に一般化できるのかいまいちしっくりこない気がしました。例えば、困ってる人を助けるのは善な気がしますが、あんまり続くという概念に当てはまらない気がします。

ただ、バビロンの良かったところはテーマである善悪とは何かについて、結論をちゃんとつけたところだと思いますね。

最終的に、自殺は悪いことだと明確に言ってくれてたことが救いに感じました。

終わり方について

野崎まどさんは結構綺麗に終わらせる印象でしたが、このアニメでは、主人公の正崎は殺され(たぶん)、息子にもその魔の手が迫るという最悪のバッドエンドで終わりました。

全くすっきりしない終わり方で批判が爆発して当然だし、めちゃくちゃ後味悪く、この終わり方に納得しない人も多いはずですよね。

終始レベルの高さを見せていたこのアニメが、なぜこのような結末を描いたのかちょっと考えてみます。

まず、原作とは違う終わり方となっています。原作は大統領が自殺し、悲嘆に暮れる正崎のもとへ曲世がやってきたところでつづくとなっているらしいです。

終わり方を原作と変えるなら、曲世を殺して終わるとか、ハッピーエンドに変えるのが普通の発想ですよね。ですが、あえてもっと悪い方に結末を変えちゃってます。

それは何故かというと、バビロンという作品のテーマである善悪のうち、アニメでは悪を徹底的に描きたかったからなのだと思います。

最終回のタイトルが『終』となっていることが、それを表していると思いますね。悪とは終わることなので。

逆に、原作は『続く』となっているので善を描いてくれるはずだと思います。アニメも使ってここまでの演出をしたなら、野崎まどさんにはバビロンの善としての物語の続きを描いて欲しいですね。ただ、作品が終わったら、それは悪だみたいな解釈もあるかも知れないから、終わらせることはできないのかもとも思います。

地上波アニメの結末として、あえてこんな選択をした、制作陣はクレイジーだと思いますし、批判されるのは目に見えてても、断行したのは、肝座ってると思いますね。普通じゃない発想で、作品を表現しようとしたところは評価したいと思います。

個人的には、アニメでは原作を忠実に再現し尽くすのも一つ道ですが、原作をアニメという別の方法で表現し、原作とは別の視点で作品を表現するのも一つの道かもしれないと思うので、結末に納得はいきませんが、これはこれで新しく感じますね。


結構擁護側っぽく感想を書きましたが、アニメ作品としては結末に納得いきませんし、この後描かれるかもしれない原作のラストとセットで、バビロンという作品の完成になるような気がします。

このアニメはとてもレベルが高い作品でしたが、人に勧めるには難点が多すぎる評価し難い作品となりましたね。